IE9ピン留め
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みちなかば
まえもうしろもおなじだけつづくみち。

Zorkii-3 + Summar 2/50. ILFORD DELTA 100
# by y_takanasi | 2012-01-27 18:26 | 写真散歩 | Trackback | Comments(0)
どあんだー
すくいようもないろこうぶそく。

Contarex super + Planar 1,4/55. Tri X
# by y_takanasi | 2012-01-24 20:33 | ねこ | Trackback | Comments(13)
Zeiss Ikon A-G. Dresdenふたたび
このブログの正式名称は「座椅子遺恨ですねん」です。
わたくしの気紛れで語尾がどんどん訳の判らないことになってきていますが、
正式名称はあくまで「座椅子遺恨ですねん」です。
そんな名前だった時代なんか知らねえよと仰る方もいらっしゃいますが、
エキサイトブログ以外からのリンクは「座椅子遺恨ですねん」でおねがいいたします。
今日の絵だってツァイス・イコンにかすってもいねえと思われることでしょうが、
どう思われたってこのブログは「座椅子遺恨ですねん」なのです。
こんなこと割とどうでもいいとおもってるのですが、
「座椅子遺恨ですねん」をアピールしてみたくなった丈です。

Zorkii-3 + Summar 2/50. ILFORD DELTA 100
# by y_takanasi | 2012-01-19 17:33 | 自己紹介 | Trackback | Comments(8)
さらに
数年来の持病も頻発し出してがたがたなのです。
まちに出て絵を撮りたい。
おうちで撮るのはねこばかり。
よりによってDiaxにフィルム詰めちゃったから寄れないし。
もちろん接写キットがあるのは知ってる。
でもなかなか市場に出て来ないんだ。

Zorkii-3 + Summar 2/50. ILFORD DELTA 100
# by y_takanasi | 2012-01-16 18:17 | 写真散歩 | Trackback | Comments(2)
ぐだぐだ
昨年ラボに出したフィルム引き取りに行かなきゃ…
だいたいこの絵夏のだし…
んあー。

Zorkii-3 + Summar 2/50. ILFORD DELTA 100
# by y_takanasi | 2012-01-12 20:45 | 写真散歩 | Trackback | Comments(4)
ねこどし
毎年がねこ歳です。
当然にゃ。

Zorkii-3 + Summar 2/50. ILFORD DELTA 100
# by y_takanasi | 2012-01-09 20:11 | ねこ | Trackback | Comments(2)
待機
アメ横裏路地のにゃん。
寿司屋の前で待機ちう。

Zorkii-3 + Summar 2/50. ILFORD DELTA 100
# by y_takanasi | 2011-12-20 19:53 | ねこ | Trackback | Comments(6)
もいっちょ
標的ろっくおん!

なんかガンマ強すぎだね。
めんどくさ。

Zorkii-3 + Summar 2/50. ILFORD DELTA 100
# by y_takanasi | 2011-12-18 16:46 | ねこ | Trackback | Comments(0)
いまそこにある
ちっぽ。
つーか、おケツ?

Zorkii-3 + Summar 2/50. ILFORD DELTA 100
# by y_takanasi | 2011-12-17 22:05 | ねこ | Trackback | Comments(2)
みち
 井上靖の短篇「道」を読んでいてはたと気が付いた。確かに彼の云う通り、わたくしの少年時代にも、子供道と呼べるものがあった。それは殊通学路に於いて顕著であったが、危険な往来を避ける道でもなければ、最短で学校に辿り着くべき途でもなかった。子供の足で十分もかからない程の僅かな路程であったのにも拘らず、その子供道には幾筋かがあって、その日の気分で違う道を通っていた。そのどれもが、わざわざ民家の隙間をくぐり抜け、あるいは植込みの間を縫って、目的地である学校通用門へと続いていたのだ。それは井上の知人が云うように、長じて選択する習慣の路──馴染道ではない。日々の通勤や買い物に行く、あの道筋ではないのである。あるいはまた、散歩に通う径ともその選択の過程に於いて異なる類の代物だ。つまりそこには、目的がない。学校に行くと云う目的こそあれ、その為にいかなる道筋を辿れば良いのかと云う観点が存在しないのである。なるほど、今わたくしたちの取る散歩道にも、その視点は抜け落ちているように思えるかもしれない。だがわたくしたちはその道程で目にするものを期待して散策に出かけるのではないか。もしくはただ思索の為に、その刺激の為に歩むのではないか。稚き頃の途にはそのような期待も、思惑もなかった。かつてのわたくしたちはただ、己が足の赴くままに意味を見出せない径を辿った。それを陳腐な言葉で云い表せば、本能の命ずるがままに歩んでいたのだ。

 昔日通った学校はまだそこにあり、またそこへと通う子供たちも存在する。彼らは今、どの途を選み辿っているだろうか。

Contax II + Sonnar 1,5/5cm. ILFORD DELTA 100
# by y_takanasi | 2011-12-05 20:06 | 写真散歩 | Trackback | Comments(8)
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