今度はiPhoneの番か

 ロモグラフの病的流行から十数年が経って、漸くアートに近づいたような気がする。つまりアレを意識的なコントロールのもとに生み出すことができるようになった──そう云う使い手が一定数現れた、と云うことだ。前にも書いたが、アートとは表現なのだから、表現者の完全なコントロール下に生み出されなければ、それは単なる失敗である。ジャンルこそ違えどオートグラフでさえも、表現者の制御下に生まれたものであって(この場合半無意識の状態だが、他の何ものも関与しないと云う点で表現者の完璧な制御下にある)、機械、即ちペンが勝手に生み出したものではない。ところがロモグラフの「初心者」は機械──カメラやレンズが勝手にアートを造り出してくれるものと勘違いする。勿論、表現者の関与しない領域で何が生まれようとも、それは「表現作品」ではない。批評家の中にすらそんな勘違いをする連中がいるが、それは貧相な芸術経験しか有たなかったことの証左でもあるし、何より人間活動としてのアートとは何であるか、その根本的考察力の欠如を露呈しているだけのことだ。カメラも、絵筆も、PCすらも、アートの道具にすぎない。道具とは、その効果を知悉した者が操ってこそ、十全の結果を生み出す代物だ。その道具ひとつ満足に扱えない低能が、コンテンポラリーアート界を蹂躙しているのが、今の世の中である。
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Contax I + Sonnar1,5/5cm(late). ILFORD DELTA 100
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by y_takanasi | 2009-09-03 20:26 | Sonnar1,5/50


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