世の中に写真論と名のつくものはごまんとあるが、大概はろくでもないものだ。あるものはその写真が撮られた時代背景やコミュニティについて語り、あるものは構図や撮影技巧について語る。しかし前者は写真をダシにした社会論でしかないし、後者はただの技術論か、よくて絵画論である。ひどいのは作品を並べて撮影者の内面にまで立ち入るシロモノがあるが、それは写真論ではなくて写真家論だ。
正しく写真論とは表現媒体としての写真とその美、そして可能性について論じていなければなるまい。ここではわたくしなりの写真論を開陳する技倆も閑暇も持ち合わせていないけれど、写真とは言葉を使わない──というよりも光と化学的プロセスによる詩であって、ミラン・クンデラとE.A.ポオが詩的なものに与えた使命と本質とを必要とし、また保持するものである、と云うにとどめる。
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