瞬間

 アンリ・カルティエ=ブレッソンの有名な作品集に「決定的瞬間」と云うものがある。これは原題ではなく、彼自身が序文に引いたレッツの枢機卿による「この世に決定的な瞬間をもたぬものなど存在しない」から取られた米国版のタイトルだ。

「決定的瞬間The Decisive Moment」とは実に巧妙で、政治的な選択だとおもう。政治的と云うのはそれがある思想へと誘導するからだ。

 周知の通り、原題は「逃げ去る映像Image à la sauvette」である。そこにあるのはいままさに消えゆく光景であり、それじたいはただの映像にすぎない。カルティエ=ブレッソン自身がどう感じたかはともかく、作品を観るものにとって、あるいは特別な光景であるかもしれないし、あるいはなんの変哲もない光景かもしれない。

 だが「決定的瞬間」と総題がつくことで、様相は一変する。それらの作品はすべて「決定的」な瞬間、すなわち「特別な」映像であると、先入主を植え付けられるのである。かの枢機卿がいかなる意図で云ったにせよ、凡庸なわれわれは特別な瞬間と特別でない瞬間を切り分ける。カルティエ=ブレッソンの一葉一葉は、すべてなにか特別な意味を持った光景であると、凡庸なわれわれに強制するのだ。もちろん、事実はそうではない。なにが決定的で、なにが決定的でないかは、あくまで鑑賞者自身の手のうちにある。ただ、考えることをやめた幸福なものだけが、そのすべてを決定的な瞬間として受け入れることができるだろう。
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by y_takanasi | 2014-05-27 18:25 | Planar1,4/55


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