卑怯もらっきょうも

 卑怯、という罵りがある。出し抜かれた、裏切られた、つまり想定外の手を打たれた時に発せられることが多い。あるいは予想はしていても、取るはずのない、もしくは取るべきでないと(勝手に)考えていた行動に出られた時だ。しかしこの言葉は、とりもなおさず罵倒する者の知恵の足りなさ、浅はかさを露呈する言葉でもある。想定していたのならなぜ対策を打たなかったのか? 予想もしていなかったのならその想像力の欠如はどこから由来した? 出し抜かれたという思いは、畢竟、己れの無能さに起因するのだ。

 注意すべきは、ルール破りは「卑怯」ではない、ということである。それは単なる「違反」にすぎない。法の抜け道を利用する輩は「卑怯者」だが、法を犯すものはただの「犯罪者」であって、決して卑怯者ではない。裏切りもしかり、契約や誓約を破ったのなら裏切り者と呼べばいい。それは卑怯でも何でもない。ただの口約束や信義や道徳だけに立脚するのなら、そんなものを無根拠に信用する方が愚かなのであり、特に対策を講じなければ「卑怯者」の餌食となるのは必然である。

 日本が法治国家となって久しいにも拘らず、いまだこの手の「卑怯」を口走る輩が多い。彼らはサムライかなにかの心算なのだろうか。わたくしとしては正しく「卑怯者」と罵られた場合、ざまあみろとしか答えようがないのである。サムライの皆様方におかれましては、300年前にでも帰って、どうぞ。

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Topcon Super D + Primoplan1,9/58. Tri X

写真・カメラ


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by y_takanasi | 2014-12-20 19:27 | Primoplan1,9/58


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