遍在する美

 この世に美は遍在する。常に、いかなる場所にも、それは存在する。足りないのは、美を発見する目だ。どのような美も、それを見出す目がなければ感じ取れるものではない。この目というのはもちろん抽象的な喩えで、視覚のみを指すのではない。掌で感じる美もあれば、舌で味わう美もある。観光風景写真が現実の体験よりも見劣りがするのは、肌で感じた美を視覚表現のみの写真に封じ込むことができないからである。

 それにしても、美を見出す目はどのように訓練すればいいのだろうか。簡単に云えばこうだ。美を見出すことによってのみ鍛錬される、と。すなわち美を見出そうとする気構えが必要である。漫然と事物を眺めているだけでは美は見出せない。そこに美を見ようとする意思が不可欠であり、云うなれば美とは常に意図的なものなのだ。だからそれは見出した者と一体であり、客観的な美などというものは存在しない。どのような美にも、それを見出せない者はいるのであって、しかしそれはどちらの責任でもないのだ。両者の間に感応が生じなかった、ただそれだけのことである。美は他人に教えられるものではなく、自ら定義するものであるから、彼にとってそこに美は存在しない。それでいいのだ。
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Contax II + Biogon 4,5/21. Tri X
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by y_takanasi | 2007-06-26 19:55 | Biogon4,5/21


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