目的は

 デジカメが市場を席巻するのと歩を合わせるかのように、表現目的を見失った大、中判愛好家が巷間溢れているようだ。人とは違うキカイを使いたい、変なことして目立ちたいのだろうし、その事自体は悪くない。わたくしだってその手の色気は持っている。しかしこの手の愛好家が得々として見せびらかす絵はどれもつまらないし、そのつまらん絵を見て、大、中判はシャープだとか立体感があるとか階調豊かだとか、論評しているのは噴飯ものだ。そんなことが云いたいならテストチャートでも撮っておれば良い。百年前ならいざ知らず、35ミリ判も各種デジカメもある今の世で、敢えて大、中判(フィルムであろうがデジであろうが)で撮るならそれ相応の表現目的がなければならない。しかるに彼らにはその目的が見えてない。ただそのフォーマットを使うことだけに神経が行っている。勿論、そういった稚気は誰にでもあるし、先にも書いたように悪いことではない。問題はそうやって生まれたできそこないを、まるでそのフォーマットでなければ撮れなかった絵であるかのように嬉々として語る、そのオツムだ。手段が目的なのだから、語るなら手段だけにすれば良いものを、何を勘違いしているのか結果にまで言及する。困ったことにこの手の愚行を見て喜んだり賛同したりするギャラリーがいるお陰で、彼らは益々調子づき、結果バカが大量生産されるのだ。これは由々しき問題である。と云うか表現目的意識を持って写真を撮っている人には別段問題はないのだが、何も知らない初心者が最も影響を受け易く、バカに感化されてバカが増えると云う、アマチュア写真界にとって好ましくない状況が生み出される。底辺が腐れば上層部が崩れるのは時間の問題だ。もっともこの手の現象はなにも大、中判に限ったことではなく、35ミリ判でもデジカメでも見られる。誰でも気軽に簡単に写真が撮れるようになった、現代写真界の病気なのだ。
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Contax II + Herar 3,5/3,5cm. Tri X
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by y_takanasi | 2008-07-28 19:28 | Herar3,5/35


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