sum, ergo cogito

 受動意識仮説と云うものがあるそうな。わたくしはかつて、ヒトのクローンについて思考ゲームを弄んだ際に、俺と云う自意識は肉体と云う牢獄に囚われた囚人(魂)なんかではなく、牢獄によって囲われた空間そのものではなかろうか、と呈したことがあった。すなわち牢獄──肉体が消失すれば同時に存在を停止する空間こそが意識であると。この考え方は別段目新しいものではなく、何百年も昔から一部の哲学者によって提唱されて来た、云わば異端の意識モデルである。受動意識仮説は、大雑把に云ってしまえばこの考え方の延長線上にある。つまり自我──自意識は高次の存在ではなく、個々の生体活動の結果として生じる一種の幻想なのだ。こう考えると一卵性双生児の行動・思考パターンに多くの類似性が観察される理由も説明しやすい。基となる生体構造──遺伝子レベルまでを含んで──が似通っているのだから、その活動成果である自我が似通うのも当然なのだ。

 さて、しかしそうなると、かつてのSF小道具だったクローンによる自己の再生と云うシステムは成立しなくなるだろう。肉体Aの意識Aが肉体と不可分の関係にある以上、ニューロン結節に至る細部まで完璧にコピーされた肉体A'が有つ意識A'は、傍から見れば意識Aと同一のものであるが、意識AおよびA'の視点からすれば互いに別個の存在であり、この2つは絶対に連続し得ないからだ。このようなクローンがどのような振る舞いを見せるかと云えば、それは丁度、あの綾波レイみたいになるのだろう。
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Contax II + Biotar1,5/75. Tri X
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by y_takanasi | 2009-06-03 21:15 | Biotar1,5/75


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