カテゴリ:B.K.2,8/35( 6 )

藤村

 ひと昔、と云うかふた昔よりもさらに昔、髪を上げると云うのは女性にとって成人になることだった。もっとずうっと昔は貴賤を問わず髪を下ろしていたから、これは髪を結い上げるようになってからの話で、それも町人や士族クラスの風習であろう。それにどうやら貴族──公家連中はずっと下ろしたままだ。成人とともに髪を上げるのは大陸でも同様で、基本的に彼女らのヘアスタイルに前髪と云うものはない。前髪を垂らすのは子供の証みたいなもので、特に少女の前髪をあちらでは劉海と云う。今やもう髪を上げるとは云わなくなったが、下ろすほうはたまに使われる。無論、仏門に入ることである。
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Kiev 4am + B.K. 2,8/3,5cm. ILFORD DELTA 100
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by y_takanasi | 2009-03-06 20:26 | B.K.2,8/35

初めてのレンズは38ミリだった

 某所で標準レンズは50ミリか35ミリか、なんて土門以来連綿と続けられたお題で盛り上がったせいか、50ミリ標準派のわたくしはも少し意識して35ミリを使ってみてる。しかし何度持ち出してみても、35ミリはなかなか慣れない。この画角から来るパースが、どうにも中途半端で気持ち悪いのである。これが21ミリまでいけばいっそ清々しい気味の悪さになってくれるのだが、なかなか、慣れない。勿論慣れないのは使い込んでないからだとも云えるし、気持ち悪いからと遠ざけてばかりいては面白くないので、覚悟を決めて持ち出す訳だ。ま、そんな大仰なことでもないのだけれど。
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Kiev 4am + B.K. 2,8/3,5cm. ILFORD DELTA 100
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by y_takanasi | 2009-01-02 19:08 | B.K.2,8/35

ものがたり

 わたくしはたまにここで日本史の話をするけれども、実のところ学生時代、日本史は余り得意ではなかったし、すきでもなかった。ついでに云うと今は右翼的言辞を良く吐くけれど、学生時代は間違いなく左だった。学生、特に高校生の時分、社会4科の中で得意だったのは世界史である。その次が地理で、日本史、倫理公民(現社)はどーでも良かった。世界史、とは云っても要は西洋史である。東洋史は案の定、不得手であって、特に中国史は嫌いだった。何が厭かって、漢字が覚えらんないのである。年頃の男の子たちが大得意な三国時代もまるで興味なく、考査範囲がまるまる東洋史だったりすると、わたくしの成績は後ろから数えた方が断然早い。日本史も似たようなもので、世界史の授業のことは覚えていても、日本史は全く──そう、担当教諭の顔名前すら、覚えてない。今こんなに日本史の、どちらかと云うと些末なことに精通するようになったのは、就職してからのちのことであって、正に学問とはギリシャ語源の通り閑な時に好奇心にあかせて修めてこそ身に付くものなのだ。因みに日本史、とりわけ古代史を繙くにあたって東洋史は切り離せないジャンルだから、そっちの方も──学生時代より遥かに学んでいるのだから、得手不得手と云うよりもやはり興味の問題なのであろう。
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Kiev 4am + B.K. 2,8/3,5cm. ILFORD DELTA 100
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by y_takanasi | 2008-12-27 20:46 | B.K.2,8/35

せんたく

 お馴染みの絶海の孤島問題と云うのがあって、つまりその島に一冊だけ本を持ってゆけるとしたら何を選ぶか、と云うやつだ。聖書を持って行くかコーランを持ち込むかはたまた唯摩経を携えてゆくかは個々人の好みと信条の問題であって、ここではやはりお馴染みのバリエーションで問うてみる。即ちカメラとレンズの一組だけ持ってゆくとして、何を伴とするか、だ。こーゆうのは機材にストイックな人に問うても面白くない。だから主にコレクター同士の間で交わされる雑談である。わたくしは以前萬年筆くらぶでこれをやった。そこで今度はカメラだ。ボディは2台まで絞れる。クロコンか王様に決まっているからだ。問題はレンズであって、王様なら55プラナーかハチゴゾナー、クロコンなら戦前ビオゴンか苺ゾナーであろう。ここらがとても悩ましい。ああ勿論、現地にフィルムはあるのかだの現像プリントはどーすんだなどと云った野暮な問いはなしですよ。
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Kiev 4am + B.K.2,8/3,5cm. ILFORD DELTA 100
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by y_takanasi | 2008-12-24 20:04 | B.K.2,8/35

それでも5台ある

 アメリカにはコダックと云う一大写真画像用品メーカーがあるのだが、ここのカメラはもちろん、アメリカ製カメラと云うのはどうにもろくでもないものばかりだ。いや確かにエクトラと云う傑作は存在する。シグネットだってボルシーだって、まあそれなりに面白くもある。でもアーガスを筆頭とする大衆カメラはとにかくゲテモノ揃いとしか云いようがない。中判にしたって黎明期はともかく、20世紀以降は何の変哲もないつまらないものばかりだ。アメリカは豊かな消費大国であり経済大国でもあるから、安くて性能のいいカメラはドイツなり日本なり手先の器用な国から輸入すれば良い、と云う考えなのだろう。それによく考えると東のカメラ大国ソビエトの製品はコピーやらなんやらに溢れていて、キッチュなオリジナリティの点からすればアメリカ製カメラの方が数段上だ。もっとも、そのキッチュさの魅力は長続きしないのが欠点であるが。ところでどう見てもイギリスが舞台のハリー・ポッター映画にアーガスを出したのは間違いだろう。見た目の古臭さを出したかったのだろうが、それならイルフォード・ウィットネスでも使えば良かったのだ。
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Kiev 4am + B.K.2,8/3,5cm. ILFORD DELTA 100
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by y_takanasi | 2008-12-22 20:38 | B.K.2,8/35

1本勝負

 カメラを弄り始めた頃は、露出の記録を克明に取っていた。いったい、それがなんの役に立つのか、あるいは役に立てるのかも知らずに、ただそうすることが恰好いいのだと思っていた。意味がない、というか、意味を持たせることが自分にはできない、と気付いてからはすっぱり止めた。絵を見ればおおよその絞りは判るようになったというのもある。もちろんほんとの理由は、わけが判らなくなって飽きたからだ。

 同じように昔はやたら交換レンズを携帯していた。とっかえひっかえレンズを付け替えて、1本のフィルムで3本も4本もレンズを替えて撮ったこともある。だがじきにそれも飽きた。というよりどのコマをどのレンズで撮ったのか判らなくなってしまったからだ。あれこれ画角を変えて撮るなら、ズームレンズでも持てば良い。ズームが嫌いで単焦点レンズを使うようになったのだから、これと決めた1本で撮るのが潔いというものだろう。実際1本勝負にしてから画角で悩むことはあまりなくなった。割り切りや心構えと云う点からも、交換レンズは持ち歩かないほうがいい。そうして散歩はもとより旅行に行くときも、わたくしは1本勝負である。ああ、ハコは2台だったりするけどね。
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Kiev II + BK 2,8/3,5cm, Tri X
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by y_takanasi | 2005-06-22 06:11 | B.K.2,8/35