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風景写真

 わたくしは風景写真というものが、どちらかというと嫌いです。あるいは、自分が撮るのが苦手だから、嫌いなのかもしれません。自分が撮れないものを、他人がやすやすと撮る。それが悔しくて、ことさら嫌いになったのかもしれません。しかし、どんな風景写真を見ても、心動かされないのは事実なのです。アダムスの雄大な自然、アジェのパリの街角、それらも観光絵はがきの一葉にしか過ぎません。

 ただし、そこに1人でもひとが写っていれば、突然心がかき乱されます。たとえそれが集合写真であろうと、パンフレットの作例写真であろうと、人間が写っている写真には心惹かれるのです。恐らく、わたくしは人間がすきなのでしょう。そうしてその人間たちの、今在ることを写しとどめた痕跡に、なにがしかの共感を覚えるのです。それは残念ながら、写真本来の美しさではないかもしれません。しかしそこから、写し出された人々の背後にドラマを紡ぎ出そうとするのでもありません。ただイマソコニnunc et iste在る人々の瞬間、未来でも過去でもない、窮極の点としての今の美しさが、わたくしの心を捉えて離さないのです。

 え、風景にだって、その瞬間の美があるじゃないか? そらまあそうなんですがね、どーもわたくしの鈍い感性には響いて来ないようでございまして。
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とかいいながら風景写真 Praktica LTL + Pancolar 1,4/55. ILFORD 400 DELTA
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by y_takanasi | 2005-10-15 02:28 | Pancoloar1,4/55

Pancolar 1,4/55

 1960年代、新しいレンズ用ガラスとして、幾つかの希土類元素硝材が試みられたことがあった。ランタンクラウンやトリウムガラスの利用である。パンコラー1,4/55はそのうちトリウムガラスを使用した、東独ツァイスの大口径レンズだ。そのトリウムのせいだろう、現在ではガラスが強い黄色みを帯びていて、リバーサルで撮影するとその黄色がはっきり絵に出てしまう。おまけにこのガラスは微弱な放射線を出していて、フィルムを感光させるほどのものではないにしろ(そんなレベルだったら税関を通らない)、なかなかに剣呑だ。

 1969年のペンタコン・スーパーに標準レンズとして搭載され、東独カメラ産業の技術力を誇示したレンズではあったが、生産ラインの大衆路線シフトによってペンタコン・スーパーともども僅か5年で姿を消した、短命なレンズだった。
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Pentacon super + Pancolar 1,4/55, Tri X
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by y_takanasi | 2005-05-30 07:43 | Pancoloar1,4/55