カテゴリ:Nikkor2,5/105(1)( 2 )

作品としての写真

 mimiさんところから話題を拝借しよう。写真に言葉は必要なのか、だ。云うまでもなくわたくしは不要派である。むしろ害悪とすら考えている。それは言葉が独立した表現媒体である以上、1葉の写真に説明やキャプションをつけることは、作品を2つ並べるようなものだからだ。それゆえ表題すらも無用のものとする。

 必要派の多くは、作品に対する作者の説明責任を口にする。だがこれは奇妙な話だ。なぜ作者は作品を説明しなければならないのだろう。作品こそは生み出されたもののすべてであり、作者が表現したところの結果だ。ひとつの表現を別の媒体で表現することは批評であり、あるいは本家取りである。それは元の作品と関連性を持つが、そのものではない。それどころか別個の表現作品である。写真に別媒体の表現を追加すること、それはもはや純粋な写真──作品ではない。

 もうひとつの問題は、作者が作品を説明するその愚かさだ。それはその作者が作品を完成し得なかったことを表明するに等しい。なぜ作品だけで表すことができないのか。伝えたかったことを確実にするため? ちょっと待って欲しい。作品は表現であり、芸術である。決してコミュニケーションではない。作品──表現はそれ自体で完成され、存在するものであり、そこに込められたもの──そんなものがあったとして──をどう受け取るかは鑑賞者次第なのだ。そこにもはや作者が介入する余地はない。説明(表題も含む)──言葉とは正にその介入であり、誘導である。別媒体で誘導される作品に何の価値があるか。言葉で補完されねばならない写真に何の価値があるか。そんな写真なんかやめてしまえ。
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Nikon F2 + Nikkor 2,5/105. ILFORD XP2 super
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by y_takanasi | 2006-09-22 20:48 | Nikkor2,5/105(1)

Nikkor-P Auto 2,5/105

 なんだってわざわざ古いタイプのレンズを探し出してきて悦に入るのか、これはもうただのビョーキでしかない。最初のFマウントニッコールオート105ミリは3群5枚のゾナー型で、ニッコールP2/8,5サンチや「オリンピア」ゾナー2,8/18サンチと似たような構成になっている。わたくしはこの貼り合わせトリプレットの部分が意味もなくすきだ。ただ単に分厚いガラスのかたまりであるという魅力の他に、それがある意図でもって整形された3枚のガラスをくっつけてできたシロモノである、という点に、理由もなくわくわくする。第2世代のニッコールオート2,5/105は、この手間のかかるトリプレットを止めて空気間隔を空けたエルノスター=ゾナー型になってしまったから、たとえ──というか事実──性能が良くなったとは云え、モノとしての魅力はわたくしにとっては失われているのだ。コレクター、あるいは光学ガラスフェチの戯言である。
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Nikon F2 + Nikkor-P Auto 2,5/105. NEOPAN 100 SS
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by y_takanasi | 2006-01-14 01:34 | Nikkor2,5/105(1)