<   2006年 08月 ( 6 )   > この月の画像一覧

 こんなブログをやってて云うのもなんだが、やっぱり写真は紙媒体で見るのが一番だ。コントラストとか解像度の問題じゃない。紙そのものが持つ質感が伝わってくるのである。これはもちろんCRTでは得られない。白の向こうにある紙、黒の陰に隠れた紙、それが存在を主張するのだ。この質感は物理的なものであり、心理的なものでもある。不思議なことにぺらぺらの紙ではぺらぺらに、厚手の紙では厚みをもって感じとれるのだ。錯覚と云ってしまえばそれまでである。だが錯覚も感覚のひとつに違いあるまい。そうして写真は、そういった感覚を総動員して鑑賞するものである。たかがプリント用紙と侮るなかれ。その選択から写真は始まるのだ。
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Contarex super + Planar 1,4/55. ILFORD DELTA 100
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by y_takanasi | 2006-08-28 05:35 | Planar1,4/55

beauté la belle

 わたくしはあるべき論が大すきである。昔から何かと、かれこれはかくあるべきだ、を振りかざし、職場でも上司相手に同じことをやって、うんざりさせたりさせられたりしている。

 ところで写真に対しては、美しくあるべきだ、存在のかけがえのない瞬間を永遠のものにする──方途とする──べきだ、と云って憚らないが、それ以上のこと、細かいことについては何も云うことを持っていない。むしろ、それ以外のことは考慮しないべきだ、という論調である。これはひとつの芸術至上主義だ。それは芸術が表現技術の結晶である以上、すべては表現によってのみ語れ、ということである。テーマも、表題も、視点も、構図も不要なのだ。むろん、ジャンル分けなども無用の長物である。わたくしに云わせれば木村伊兵衛は自然主義に過ぎるし、土門拳は社会的リアリズムに毒されている。ロバート・キャパには人文主義の嫌いがあり、カルティエ=ブレソンには形式主義の匂いがする。ただしこれらは彼らの作品ではなく、発言や文書から漂うのであって、作品そのものに落ち度はなく、誰がなんと云おうともそれらはやはり美しい。

 だが不幸なことに、美しさは万人に共通のものではない。あるひとには美しくても、別のひとには何の感慨も惹き起こさない、ということもあるだろう。しかし落胆することはない。すべての美は必ず第一の享受者、すなわち作者を持っているのであり、そこから先はいかなる大作家の作品であれ、美を見ようとする意思のある者によって「発見」されるのだ。そのひとりさえ見つかってしまえば、あとは案ずることもない。そうして不幸中の幸いなのは、美は本物の中だけにあるのではなく、ニセモノの中にもあるということだ。だからもちろん、美を持たない本物、というものもある。

 ところで誤解しないでいただきたい。芸術至上主義の写真観とは、いわゆる芸術的写真のみを良しとすることではない。それが目指すのは先にも述べたように、存在のかけがえのない瞬間を永遠のものとする行為であり、写真である。記録写真にも、記念写真にも、その可能性は秘められている。それどころか、むしろ記念写真の類こそ、それを本領とするのではないか。それゆえジャンル分けは、無用の長物なのだ。
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Contarex super + Planar 1,4/55. ILFORD DELTA 100
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by y_takanasi | 2006-08-24 21:42 | Planar1,4/55

ふな

 のっこみの季節が終わった途端に、フナが釣れるようになった。つまりこれまであたってきたところよりも、もっと内陸にフナは上っていたわけだ。これが冬になると今度はより深いところに落ちていって、また釣れなくなるのである。とゆうか、探ってる場所がいつも同じようなエリアだったとゆうことだな。

 フナ釣りの愉しいところは初心者でもある程度ラクに釣れること、比較的のどかな風景の中で楽しめること、なんたってサカナがかわいいこと、にある。特に10サンチ前後のフナはいかにも淡水魚といった風情で実に愛らしい。それにウキ釣りは手ごたえが視覚的にも楽しめるし、その動きで何がかかったかも判るのだ。ルアー釣りはどちらかというと作業である。少なくともわたくしにはそうとしか思えなかった。

 盛夏に釣りはちと厳しいが、曇りの日を選んで釣行に出る。風がほどほどにあると実に気持ちよい。休日を過ごすにはなかなかにもってこいだ。
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Petri PENTA V6 + Petri 1,8/55. Kodak GOLD 200
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by y_takanasi | 2006-08-19 20:31 | Petri1,8/55

ボラボラボーラボラーレビーア

 ボラはなかなか釣りにくいサカナだと思っていたけれど、花見川では結構かかるみたいだ。それもルアーフィッシングで、である。ここはスズキ釣りを楽しむひとが多いのだ。だからボラは外道である。そこでのらのエサとなる。時ならぬごちそうにのら大満足。
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Lordomat C35 + Lordon 1,9/50. NEOPAN ACROS 100
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by y_takanasi | 2006-08-17 15:13 | Lordon1,9/50

びおたー

 残る最後の標的は4サンチビオターなのだ。ダイレクトマウントゾナーははなから諦めるとして、このビオターは行っときたい。時々市場に出てるのを見かけるが、ファインダーがない。このファインダーがまたレアものだ。どうかすると3,5サンチビオゴンが買えてしまうくらいの値付けになる。だからできるだけレンズとセットで入手したいのだ。

 ビオターはメルテの設計になる優秀なシネカメラ用レンズである。しかしコンタックスにはゾナーと云う名レンズがあったから、ビオターは脇役に回らざるを得なかった。それにしても42,5ミリと云う焦点距離は半端だ。もちろんツァイスは広角レンズを作りたかったのだが、この時点では画角を広げるのにムリがあった。本当に優秀なダブルガウス型の広角レンズはズミクロンまで待たねばならない。それより早い54年のプラナー3,5/35は、ダブルガウス型と云うにはいささか変形しすぎているし、さらに早い38年のオルトメター4,5/3,5サンチは、どうひいき目に見ても優秀と云うにはムリがある。そうしてツァイスはビオゴンと云うレンズを手に入れた時点で、ダブルガウス型に拘泥する理由はなくなった。

 ビオター4サンチ、どっかに出物はないスかね。
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Contax II + Biotar 1,5/75. Tri X
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by y_takanasi | 2006-08-06 17:24 | Biotar1,5/75

Retina Ia

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 レチナIaだ。わが家のレチナはこれっきりである。あ、IIIcもあったか。でもアレ、シャッターがイカレちまったんだよな。これだからコムパーは。

 レチナIシリーズはご存知の通りレチナシリーズのボトムレンジを受け持つ、いわゆる入門カメラだが、高級機がほとんどクセノンとヘリゴンの2本立てなのに対し、レンズの種類が多いことで人気のあるラインでもある。ここにあげたIaも、USAエクターがついてることで比較的市場価値は高い。もちろんこのエクターはガウス型のF2ではなく、要はテッサーなのだが、無数にあるテッサー型レンズの中でも知名度と評価の高いことで知られる。あいにくわたくしのレベルでは本家テッサーとどう違うのか、指摘することも賞賛することもできない。よく写るな、と云うのが関の山だ。

 Iaはそれまでのノブ式からレバー式巻き上げになったカメラで、III型みたいにレバーが下ではなく上についてるから割合に使いやすい。シャッターはもちろんセルフコッキングだ。距離計はついてないから一見不便に思えるかもしれないけど、開放F値は3,5止まりだし、1mまでしか寄れないからさほど不安は感じない。ファインダーの小さすぎるのが難点なくらいだ。レチナのもう一つの欠点は、レンズを無限遠位置に戻さないとカバーを閉じられないことである。特に置きピンでスナップするI型ではコレが響いてくる。前蓋を開いて即シュート、というわけにはいかないからだ。もっとも、最初からカバーを開けて持ち歩けば何の問題もないのだが、それでは蛇腹カメラの愉しみを少しばかりスポイルするのである。
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Retina Ia (US Ektar 3,5/50). Kodak GOLD 200
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by y_takanasi | 2006-08-04 22:31 | Retina Ia (Ektar)