<   2006年 09月 ( 6 )   > この月の画像一覧

江戸の仇を長崎で

 行ってきました。性懲りもなくフナ釣り。出だしはぼうずと幸先悪いも、午後の河岸でともどもダース上がったので良し。型も10サンチから20サンチまでと良し。珍しくコイがかからなかった代わりに尺余りのワタカがかかる罠。
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Leica M3 + C Sonnar 1,5/50ZM. Kodak GOLD 200
※写真は本日の釣果ではありましぇん。
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by y_takanasi | 2006-09-30 18:58 | C-Sonnar1,5/50ZM*

That's Satz-Pantar

 コンタフレックス・アルパ、ベータ、プリマの交換レンズは、30ミリと75ミリのザッツ・パンター2本である。標準が45ミリだからかどうか知らないが、テッサー搭載のコンタフレックスの交換レンズよりも焦点距離が短い。もちろん前群交換式だから絞り幕はない。装着すると開放F値が1段暗くなる。

 このパンターはコンティナIIIというVF機にも使えるのがミソだ。当然ベースがパンターのコンティナに限られる。ボディのほうのフレームは単焦点だから、30ミリと75ミリの単体ファインダーが存在するのだが、あまり知られていない。このため時折珍品と称してオークションに出たりするが、決して珍しいアクセサリではない。30ミリはともかく、75ミリで距離計なしというのはちょと辛いだろう。コンティナIIIにつくのはあくまでおまけのようなものだ。ただし最短は75ミリで1,5m、他は1mである。

 前玉交換式のレンズは後ろが固定された造りだから、発揮できる性能にも限界がある。しかしそれでも標準的な条件下での写りは大したものだ。コンタフレックスやレチナがターゲットとした層の利用方法を考えれば、これで十分に過ぎる。しかもその当時はフラッシュ撮影が流行を見せた時代だから、開放F値が暗くてもあまり支障はない。そうしてレンズシャッターはフラッシュ同調にもってこいだった。

 確かにツァイス・イコンはレンズシャッターSLRで寄り道をした分、コンタレックスの投入が遅れて東洋の島国のみならず、東のツァイスにすら遅れをとってしまった。だが一方で、ツァイスとしては比較的廉価なSLRを大量投入することで、世間一般の──あくまで研究者や写真家ではないごく一般大衆の──SLRに対する懐疑心を払拭することにも成功したのだ。その意味でツァイス・イコンは、やはりパイオニアであったことは間違いないだろう。
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Contaflex beta + Pantar 4/30. Kodak GOLD 200
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by y_takanasi | 2006-09-27 20:19 | Pantar4/30*

作品としての写真

 mimiさんところから話題を拝借しよう。写真に言葉は必要なのか、だ。云うまでもなくわたくしは不要派である。むしろ害悪とすら考えている。それは言葉が独立した表現媒体である以上、1葉の写真に説明やキャプションをつけることは、作品を2つ並べるようなものだからだ。それゆえ表題すらも無用のものとする。

 必要派の多くは、作品に対する作者の説明責任を口にする。だがこれは奇妙な話だ。なぜ作者は作品を説明しなければならないのだろう。作品こそは生み出されたもののすべてであり、作者が表現したところの結果だ。ひとつの表現を別の媒体で表現することは批評であり、あるいは本家取りである。それは元の作品と関連性を持つが、そのものではない。それどころか別個の表現作品である。写真に別媒体の表現を追加すること、それはもはや純粋な写真──作品ではない。

 もうひとつの問題は、作者が作品を説明するその愚かさだ。それはその作者が作品を完成し得なかったことを表明するに等しい。なぜ作品だけで表すことができないのか。伝えたかったことを確実にするため? ちょっと待って欲しい。作品は表現であり、芸術である。決してコミュニケーションではない。作品──表現はそれ自体で完成され、存在するものであり、そこに込められたもの──そんなものがあったとして──をどう受け取るかは鑑賞者次第なのだ。そこにもはや作者が介入する余地はない。説明(表題も含む)──言葉とは正にその介入であり、誘導である。別媒体で誘導される作品に何の価値があるか。言葉で補完されねばならない写真に何の価値があるか。そんな写真なんかやめてしまえ。
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Nikon F2 + Nikkor 2,5/105. ILFORD XP2 super
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by y_takanasi | 2006-09-22 20:48 | Nikkor2,5/105(1)

Contaflex beta

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 アウトフィット症候群が発作を起こしてコンタフレックスベータのセットをポチしてしもうた。テッサーじゃなくてパンターというのがミソである。病膏肓に入るとこういった廉価版に強く惹かれてしまう。テッサーよりもトリプレット、パンコラーよりもオレストン、といった具合だ。しかしトリプレットというのはなかなか侮れない玉である。四隅がどうこうとつまらないことを云わなければ、サービスサイズで十分実用に足る。とりわけコーティングされていない戦前のレンズの中では、割と良く写るのがトリプレットだ。

 ところでパンターは戦後の玉だから、コーティングされている。これがまたビビッドな発色をする。ローライB35ほどではないが、昼光下での写りはなかなかに良い。フォーカスはレンズ先端を持って行うのだから少しやりにくい。ボディと云えば見た目はちんまりとしたSLRで、意外とかわいらしいのがオドロキだった。重さもそれほど感じない。ベータまでは巻き上げ、巻き戻しともにノブ式で、最終機のプリマになるとレバー/クランク式に変わる。セレン式露出計もベータでは読み取り式だが、プリマでは追針式だ。銘板のCONTAFLEXという文字も、ベータまでは味気ないブロック体だが、プリマになるとちょっとデザインぽい筆記体に変わる。でも個人的にはブロック体のほうがこのカクカクしたボディには似合っていると思う。

 総じてコンタフレックスはエクサのようにころっとしてらぶりーなSLRだ。後期型のテッサーは2,8の割に良く写ると聞くし、実用一徹という点でも評価できるカメラである。唯一の問題はレンズシャッター式SLRということだけなのだが……
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Contaflex beta + Pantar 2,8/45. Kodak GOLD 200
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by y_takanasi | 2006-09-21 23:06 | Pantar2,8/45*

でじらいか

 ライカがいよいよM型デジカメを投入するらしい。M8。M7DでもMDでもない。ものごとの順番からすると、ついに銀塩訣別なのか。今さらどーでもいいけど。

 いずれにしても、デジカメは家電だからライカ純正となると逆に不安だ。もちろん中身はどこぞのOEMだろうが、それならライカの名前で値段が上がるより、エプソンなりパナソニックなりのブランドで出してくれたほうが安くなってありがたい。サムスンだっていいぞ。何度でも云うが、デジカメは精密機械ではなく、家電なのだ。
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Leica M3 + C-Sonnar 1,5/50ZM. Kodak GOLD 200
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by y_takanasi | 2006-09-17 11:56 | C-Sonnar1,5/50ZM*

新ゾナーF1,5

 新品のレンズを買うのは8本目になる。Y/C、G、M42と来てZM2本目だ。C Sonnar 1,5/50ZM。この「C」とゆうのはなんだかよく判らない。まさかCoatedでもあるまい。そこでZeissのサイトを見てみると、なんとCompactなんだそうだ。云っとくけど旧ゾナー1,5/5cmよりでかいぞ。

 今時のレンズには珍しく、後群が接合トリプレットだ。さすがに旧第2群は分割されて間の凸レンズは姿を消した。ここらは現代ゾナーらしい。このレンズの面白いところはわざわざ開放F値が1,4ではなく旧来の1,5に設定されてる点だ。無駄なこだわりとも云えよう。この僅か0,1の差が設計にどう影響してるのか、なんてことはどうでもいい。わたくしが現代レンズに求めているのはそんなことではなく、カラーネガで心置きなく使えて気軽に振り回せる、ということだけだ。細かい描写性能とか、機材とのマッチングなんてことはどうだっていい。ただひたすら実用に徹する。デジカメと同じ感覚なのである。大体外観ひとつとってもまるで色気ないじゃないか。黒鏡銅にしたのはそのほうがまだマシだからだ。残念だが白鏡銅は安っぽさが全面ににじみ出ている。かつてのGレンズより品がないのである。ここらはコシナに気合いを入れてもらいたい点だ。
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Leica M3 + C Sonnar 1,5/50ZM. Kodak GOLD 200
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by y_takanasi | 2006-09-16 11:54 | C-Sonnar1,5/50ZM*