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遍在する美

 この世に美は遍在する。常に、いかなる場所にも、それは存在する。足りないのは、美を発見する目だ。どのような美も、それを見出す目がなければ感じ取れるものではない。この目というのはもちろん抽象的な喩えで、視覚のみを指すのではない。掌で感じる美もあれば、舌で味わう美もある。観光風景写真が現実の体験よりも見劣りがするのは、肌で感じた美を視覚表現のみの写真に封じ込むことができないからである。

 それにしても、美を見出す目はどのように訓練すればいいのだろうか。簡単に云えばこうだ。美を見出すことによってのみ鍛錬される、と。すなわち美を見出そうとする気構えが必要である。漫然と事物を眺めているだけでは美は見出せない。そこに美を見ようとする意思が不可欠であり、云うなれば美とは常に意図的なものなのだ。だからそれは見出した者と一体であり、客観的な美などというものは存在しない。どのような美にも、それを見出せない者はいるのであって、しかしそれはどちらの責任でもないのだ。両者の間に感応が生じなかった、ただそれだけのことである。美は他人に教えられるものではなく、自ら定義するものであるから、彼にとってそこに美は存在しない。それでいいのだ。
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Contax II + Biogon 4,5/21. Tri X
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by y_takanasi | 2007-06-26 19:55 | Biogon4,5/21

ミニカーざんまい

 ミニカーの国際的縮尺度は1/43だ。なんでこんな中途半端なサイズなのかよく判らないけど、ちょうど掌に乗るくらいの大きさになる。これより小さいサイズになると、1/64や1/72というのがある。どちらが一般的なのか、これもよく知らない。世界的には1/72のほうが多いようだ。1/72はヒコーキモデルのスケールでもある。あとトミカが1/57という独自のスケールで出している。さらに小さいものには1/87があって、これはHOゲージのスケールでもある。つまりこのサイズは元々HOゲージのジオラマ用に用意されたミニカーだった。

 大きいほうのサイズにはまず1/32があって、その上に1/24がある。1/24はミニカーだけでなく、プラモデルに多いスケールだ。なぜかアメリカでは1/25のほうがポピュラーだったりする。さらに上は1/18、1/12だろう。ここまで来るとディーラーのディスプレイモデルだ。可動部も細部もよく作り込まれている、フルディテールモデルである。一般的にはその上の1/10が最大サイズで、これは主にRCカーに採用されているスケールだ。

 さてこのうち、ビートルは6スケールを制覇した。1/1、すなわち実車をあわせて7スケールだ。あとは再版されたタミヤのRCかなあ。
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Contax II + Sonnar 1,5/5cm T. Tri X
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by y_takanasi | 2007-06-22 19:30 | Sonnar1,5/50

らららこんたっくす

 わたくしは表向きには写真家を自称しているが、正しい職種(って云うのか?)はコレクターである。歌って踊れる、まあつまりは写真も撮れるコレクターを目指している手前、こうやって日頃ばかな写真を撮り続けているわけだ。

 根っこがコレクターだから、機材は売るほど持っている。1年以上手を触れていないカメラもごろごろしてる。時折A型の性分が頭をもたげてきて、使ってやらなきゃと焦ることもあるが、じきにB型の気分が横溢してどうでもいいや、とほっぽることになる、そんなわたくしはO型である。

 それはともかく、数あるコレクションの中で、一番持ち出す頻度の高いのはもちろん、クロコンことコンタックスIIだ。しかし個体別の使用頻度はM3よりも低かったりする。それというのもクロコンだけで5台持ってるからなのだが、どうにもこればっかりは整理する気になれない。おまけに修理待ちがあと2台あって、曜日変わりローテーションが組めるほどだ。それほどまでにクロコンがすきなのである。

 一方でユニコン(III型)は1台しかない。ヒト型露出計を駆使する身としては、別段ビルトインされた露出計は要らないのだ。だからユニコンはほぼ置物状態である。ついでに云うと箱入り美品だったりする。もう一方のコンタックスファミリー、ブラコンは6型と7型が1台ずつ、これは実用機である。かつては7バージョン制覇を目論んでいたが、諸々の事情でデイリー(つかマンスリー?)ユースの個体を残すのみとなった。いずれも頗る快調である。この他キエフとかベッサとか、コンタックスマウントだけで10台以上はあるのであった。
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Contax II + Biogon 4,5/21. Tri X
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by y_takanasi | 2007-06-21 19:07 | Biogon4,5/21

ちょー広角

 ビオゴン4,5/21はその焦点距離の短さと開放値の暗さにも拘らず、距離計に連動する。大体この短さで撮影距離も0,9mまでしか寄れないのだから、RFで連動させる理由は余りない。テッサー2,8cmもトポゴン25mmも非連動だったのだし、マウントもメーカーも違うがルサールMR-2もカップリングしない。実際の撮影行でだって、いちいち距離計ファインダーを覗いて神経質にピント合わせなんかしないのだ。ピントは目測、ビューファインダーでさと見当をつけてスナップする。それが超広角の使い方である。それをわざわざ連動させるというのは、ツァイスお得意のオーバースペックと云うところだろう。もっとも、スーパーアンギュロンも連動するのだが。
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Contax II + Biogon 4,5/21. Tri X
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by y_takanasi | 2007-06-17 22:35 | Biogon4,5/21

つやつや

 カーモデルのイノチはボディの艶である。これにはまったく異論はない。しかしわたくしはこのボディ塗装が超苦手だ。つうかど下手である。これまで三十台余り作ってきて、1台として上手くいった試しがない。必ずどこかにダマが出来、ムラが現れる。湿度に気を遣わなかったり、ことを急いてるせいもあろう。判っちゃいるけど改善されないのは、もう性分だから仕方ない。仕方ないんだと思う。うん、そう思おう。

 でもそれじゃあ進歩がないので、少しは努力してみてる。黒と赤系のボディはまあまあ上手くいくようになった。ダメなのは白や黄、銀等のライトカラーだ。元々隠蔽力のない色だから、ムラが出やすい上にうかつに厚く吹くとすぐでこぼこになる。うかつに吹かなきゃいいんだが、つい焦って吹いてしまうのである。辛抱足りませんな。
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Leica M3 + DR Summicron 2/50. Tri X
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by y_takanasi | 2007-06-12 19:51 | DR-Summicron2/50*

表現

 mimiさんとこで興味深い話題が出ていたので、引っ張ってみようと思う。元ネタ自体はさらに孫引きとなるので、リンクを辿ってもらえると助かる。

 さて、それはこうだ。なんでも「ノン・フォトグラフィー・デイ」なる運動を画策している人がいるんだそうだ。その意図するところはこれまでに何度も云われて来た主張だし、特段目新しくもなんともない。問題なのは──いや、そんなに大げさなことじゃないが──かの人の、写真という表現媒体の皮相的な捉え方である。つまり、写真は単なる記録媒体に過ぎないのか、ということだ。もちろんわたくしは、すでに直前の文で明らかにしている通り、それは表現媒体である、という立場を取る。これは何も記録媒体であることを否定乃至拒絶しているわけではない。写真は言語と同じように、記録/伝達媒体としての機能と、表現媒体としての機能とを併せ持つ。それは写真以前に絵画でもそうであった(ある)のだ。そうしてこの2つの境界は、截然と分かれているわけではない。このことと、写真が外界の事物を光学的/化学的に定着することとが、事態を厄介にしているのだ。すなわち言語や絵画と違って、一定の器械と手順をもってさえすれば、誰にでも同じ写真が作れる(もちろん、これは大いなる誤解だ)と思われているが故に、写真の表現媒体としての側面が軽視されがちなのである。件の運動子の写真観も、このバイアスがかかった視野狭窄の結果であろう。先に皮相的だと云ったのはそのことをさす。

 だが不幸にして、この手の偏った写真の捉え方をしている人は少なくない。それゆえにまた彼の運動の本意は理解できる。しかし一方で、この運動の宣言文を鵜呑みにして写真を撮らない、という行為に出るならば、それこそ写真を単なる記録媒体としてのみ捉えていることの証左にもなろうし、ひいてはこのことによって、写真というものの存在価値について間違った──いやそれは云いすぎか──偏った考えが助長されるとすれば、それこそは写真文化の発展の阻害となり、いつまで経っても写真はモノゴトをただ記録するだけの、極論すれば被写体やテーマばかりが論評の的となるだけの、つまらないメディアとして細々と生き長らえるばかりとなろう。これは写真を撮る側だけの問題ではない。見る側もまた、写真を表現媒体として見ることをしなければ、やはり写真はただそこにあったモノの、あるいはそこにいたことの、記録でしかないのだ。
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Contax II + Biotar 1,5/75 T. Tri X
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by y_takanasi | 2007-06-08 17:37 | Biotar1,5/75

50ミリ

 釣りはフナに始まりフナに終わる。写真は50ミリに始まり50ミリに終わる。今では35ミリや28ミリが標準となって、それどころかズームレンズが当たり前の時代だから、もはや「標準レンズ」という言葉自体が死語と化しているが、二昔前くらいまではレンズ交換式カメラにくっついてくるのは50ミリレンズだった。つまり写真を撮ろうという人はまず、50ミリの画角からすべてを始めたのである。

 50ミリレンズというのは不思議な玉で、ネガ上に写し出されるパースペクティブからすれば人間の視覚よりずっと広い、いわば広角レンズである。しかしライカの登場以来、いや45度前後という画角で云うとその前の中判、大判の時代から、このパースペクティブのレンズは標準レンズと呼ばれて来た。人間の両眼視野のうち、ある程度事物をそれとしてしっかり認識できる範囲からすると、50ミリ(45度)は少し狭く、35ミリ程度が適切だから、ますます標準の意味が判らない。恐らくこのネーミングは、カメラボディに「標準で」くっついてくるレンズ、というほどのことなのだろう。

 よく云われるように、50ミリ玉は広角風にも望遠風にも撮れる万能レンズである。かつては引伸しにも使えたから、ますますもってユニバーサルなレンズだった。そんな八面六臂の活躍ぶりが、却って一部の人たちには中途半端なレンズとして映ってしまったらしい。そこでスナップ派はより広角へ、ポートレイト派は中望遠へと離れて行ったわけだ。しかし立ち位置の自由さえあれば、50ミリは依然として万能レンズである。すなわち使い手の思惑によっていかようにも使える、ということだ。それは写真全般の基本に通暁しているということであり、またそれに拘泥しない発想と表現力を有っているということでもある。それゆえこれを自在に使いこなせてこそ、その人は優れたフォトグラファになれるのだろう。
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Contax II + Sonnar 1,5/5cm. Tri X
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by y_takanasi | 2007-06-06 18:57 | Sonnar1,5/50

おきらくごくらく

 6年前に復帰して以来、わたくしはモデラーだ。メインはスケールモデル、つまりくるまとかヒコーキとかAFVなんかだ。復帰したときから公言する通り、お気楽モデラーであるからして、基本的に改造やディテールアップはしない。キットにあるパーツだけで満足するのである。とは云いつつも、例えばヒコーキなら張線、くるまならエンジンルームと、多少手を加えないとサマにならないものも多いので、そこは泣く泣く(?)信念をねじ枉げてディテールアップみたいなこともする。しかしディテールアップにはこれといった限界線がないので、やろうと思えばどこまでも深みにはまってしまう。おまけにわたくし日本人であるから、ちまちま細々としたパーツを作るのは嫌いじゃない。興味が続く限り資料が許す限り、微細を穿ちだすのだ。そこで初心に返って(??)俺はお気楽モデラーなのだ、と自分を戒める。とゆうのは要するに、めんどくさくなったらヤメる、つうモデラーの風上にも置けないような態度を取るわけである。でもそれでいいんだ、仕事じゃないし、自己満足の世界なんだから。
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Contax II + Sonnar 1,5/5cm + Contameter. Tri X
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by y_takanasi | 2007-06-03 15:22 | Sonnar1,5/50