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瞬間

 アンリ・カルティエ=ブレッソンの有名な作品集に「決定的瞬間」と云うものがある。これは原題ではなく、彼自身が序文に引いたレッツの枢機卿による「この世に決定的な瞬間をもたぬものなど存在しない」から取られた米国版のタイトルだ。

「決定的瞬間The Decisive Moment」とは実に巧妙で、政治的な選択だとおもう。政治的と云うのはそれがある思想へと誘導するからだ。

 周知の通り、原題は「逃げ去る映像Image à la sauvette」である。そこにあるのはいままさに消えゆく光景であり、それじたいはただの映像にすぎない。カルティエ=ブレッソン自身がどう感じたかはともかく、作品を観るものにとって、あるいは特別な光景であるかもしれないし、あるいはなんの変哲もない光景かもしれない。

 だが「決定的瞬間」と総題がつくことで、様相は一変する。それらの作品はすべて「決定的」な瞬間、すなわち「特別な」映像であると、先入主を植え付けられるのである。かの枢機卿がいかなる意図で云ったにせよ、凡庸なわれわれは特別な瞬間と特別でない瞬間を切り分ける。カルティエ=ブレッソンの一葉一葉は、すべてなにか特別な意味を持った光景であると、凡庸なわれわれに強制するのだ。もちろん、事実はそうではない。なにが決定的で、なにが決定的でないかは、あくまで鑑賞者自身の手のうちにある。ただ、考えることをやめた幸福なものだけが、そのすべてを決定的な瞬間として受け入れることができるだろう。
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Contarex super + Planar 1,4/55. ILFORD DELTA 100
# by y_takanasi | 2014-05-27 18:25 | Planar1,4/55

作品至上主義

 わたくしは表現者の端くれとして、作品至上主義の立場を取っている。これはすなわち、完成された作品に対する作者の介入を厳に戒めるものであり、ことその解釈にあたっていかなるヒントも、況や解を呈示することを否定する。なんとなれば作者が込めるべきメッセージもパッションも、製作過程において既に作品に込められているのであるから、完成作品に付け加えるべきものはなにもなく、またそこからいかなる解釈を引き出そうが、それはすべて作品と鑑賞者間の問題であるからだ。

 不幸にして、後者の問題は屢々、と云うより頻繁に、作品鑑賞の場において忘却される。なにしろ批評の大家や教育者連中がこの問題を閑却すること甚だしいのだ。彼らは無意味にも作品の向こうに作者とその制作意図を見ようとする。いやそれ自体は悪いことではない。彼らが決定的に害悪であるのは、そうやって見出したモノを唯一の真実であると思い込み、他の鑑賞者に強制するからである。彼らには作品を通して見出した解釈が、鑑賞者自身によって再構築されたひとつの可能性にすぎないことに気付けない。ある解釈を導き出す過程が妥当であるならば、すべての解釈は真なのであり、その限りにおいて間違った解釈など存在しない。にも拘らず彼らがこの手の過ちを犯すのは、愚かな作者が事後介入を屢々為してしまうからである。つまり、まるでクイズのように、作者自身が「答え」と称するものを語ってしまうのだ。

 もちろん芸術の長い歴史の中では、そういった唯一の解を作者が用意していた時代があった。むしろ、そのほうが長かった。だがそれをもって、他のあらゆる解釈を否定することはできない。なぜなら完成された作品はいつでも作者の外にある存在であり、作者の手を離れた以上、作者の意思と1対1で照応することは不可能だからだ。そのゆらぎの中に論理的なすべての解釈が許容される余地がある。そうすることが可能である以上、そうすることを拒絶することは他の鑑賞者はもちろん、作者にすら許されないのだ。そう、作者の表明する意図も、完成された作品にとってはもはやひとつの解釈にすぎないのである。あらゆる作品に唯一の解釈は存在しない。鑑賞者の数だけ解釈が存在するのだ。

 鑑賞者、つまり作品の享受者は、自分たちがもっと能動的であり、表現の受け手として自由であることを、それだけ強力な存在であることを、自覚すべきだろう。
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Contarex super + Sonnar 2/85. ILFORD DELTA 100
# by y_takanasi | 2014-05-18 00:55 | Sonnar2/85

覚悟

 わたくしの瞥見する限り、現代日本の現代アーティストとは、彼らの気に入らぬ権威やルールにはだだをこねて抵抗したり破ったりするが、都合のいい権威とルールにはひたすらすり寄って作品や自身の箔付けに利用すると云う職業である。これほどダメ人間に適した職業もそうそうないだろう。もとより芸術家は多分に稚気を含んだダメ人間の気が強いものだし、それをもって完全に断罪するつもりもない。そう云う人間によって生み出された作品になにがしかのセンセイションに訴えるものがあれば、一人以上の支持者がいたっておかしくはない。そしてアートの良し悪しは、単に支持者の多寡で決まるものでもない。

 わたくしが日本の現代アーティストに危惧するのは、アーティストは治外法権だと勘違いしている輩が増えているという点だけである。ともすると同じように勘違いするバカが湧くのだが、表現手段において社会ルールを逸脱すること自体を全否定するのではない。もちろんだからと云って許すつもりもないが、そもそも許すかどうかはルールによるものであって、ルールを逸脱している以上、それは許されないことだろう。だがアーティストには、それを犯してまで表現する自由がある。そうしてこれは自由であって権利ではないのだから、おのれの作品によって惹き起こされた批判と、ルール上の罰則は必ず受けなければならない。それが自由の対価であるのだが、はたして世の自称現代アーティストたちにその覚悟はあるか。
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Contarex super + Sonnar 2/85. ILFORD DELTA100
# by y_takanasi | 2014-05-11 22:10 | Sonnar2/85

作者と作品

 例のゴーストライターの一件で、世人は作品の背景にある物語性を作品評価の基準に屢々、と云うか頻繁に採用することが白日の下に晒された。わたくしは作品至上主義者であるが故に、その姿勢を徹底して批判する訳だが、また一方で、作品と作者は決して切り離し得ないが故に背景の物語性をも作品に積極的に利用すべきだと主張する一派があることも理解している。そしてまたわたくしも、その根拠たる部分を否定しないし、否定できない。否定できないからこそ、作品と作者を切り離すことに心血を注ぐのだ。これはどちらが鑑賞、評価態度として正しいかの問題ではない。所詮この世に純たるものがない以上、わたくしはせめて作品鑑賞の場においてその純たるものを追い求める。人間の活動に限界があるということはまた、作者と作品を切り離すことがが不可能であるという判断も100%真であるとは限らないということだ。それが悪魔の証明であることは百も承知だ。だがそれゆえに、わたくしは可能の証明を求めて純然たる作品評価を追求するのである。
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Contarex super + Sonnar 2/85. ILFORD DELTA 100
# by y_takanasi | 2014-05-10 21:50 | Sonnar2/85

film! film! film!

 コダックがついにフィルムを150%ばかりに値上げしてきて、いよいよ36枚撮り1本千円時代に突入した。界隈では早くもコダック死亡だの(本体はとっくにチャプター11適用されてるが)フィルムカメラ死亡だのとかまびすしい。だがそうやって騒いでいる連中は、フジが矢継ぎ早に銘柄を絞ってきた時もイルフォードが同じくらい値上げした時も同じことを云ってきたし、細々とフィルムで写真を撮ってきている身としては、口を動かすヒマがあったらフィルム使えとしか云いようがない。例のあずまんが大王ネタで云えば、「高いとか乗り換えるとかはいい、フィルムを使うんだ」

 メーカーの云いなりに高いフィルムを使うのがバカらしい、と云う向きも当然あろう。そういう考え方は否定しない。たんに、わたくしとは住む世界が違うと云うだけのことだ。メーカーだってボランティアでフィルムを作っている訳ではない。高くてもう買えないと云うのなら買わなければ良い。フィルム写真は終わったと云うならやめれば良い。利用者が減ることでメーカーは自分の首を絞めることになるかもしれない。それくらい彼らだって判っているだろう。それでも値上げせざるを得ない事情があるのだ。ならばフィルム写真愛好家にできることは、買って使うだけのことである。それができない、やりたくないのなら黙って手を引け。

 ユーザーが激減した結果、フィルム写真が滅亡したとしても文句は云うまい。供給コストを需要が吸収できなければ、いずれ廃絶は避けられないのだ。フィルムなど畢竟、経済商品に過ぎない。それによっていかなる芸術、表現作品が生み出されようとも、ベースは1個の商品なのである。であれば、市場原理に従うのは道理ではなかろうか?
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Contax II + Biometar 2,8/35 T. ILFORD XP2 super
# by y_takanasi | 2014-05-05 15:26 | Biometar2,8/35